保険の基礎知識

保険の誕生と仕組みを知ろう!

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保険を検討するなら、まずは保険の誕生と仕組みを理解しましょう。

日本は、米国に次ぐ世界第2位の生命保険大国で、その加入率は、なんと国民の8割以上(平成28年度「生活保障に関する調査」より)!

年間の生命保険料収入は約40兆円にものぼり、莫大な規模を誇ります。

 

このように、私たちの生活と保険は密接に関係していますが、保険の仕組みや役割をきちんと理解している方はどれほどいらっしゃるでしょうか。

この記事では、保険とはそもそも何か、保険の歴史を紐解き、保険への理解を深めていきましょう

保険とは

保険とは、リスクに対してあらかじめ少額の資金を大人数で積み立て、偶発的に発生する事故の経済的保障を分配する仕組みをいいます。

つまり、もしものときに備えてみんなでお金を貯めて助け合おう、という仕組みです。

たくさんの人々がこつこつお金を集めることで、本当に助けが必要な人に必要なタイミングで、大きな保障を給付することができるのです。

保険料は言わば、この保障サービスを受けるための対価です。

 

私保険と社会保険

人間の一生涯には、病気、ケガ、失業、障害、介護、死亡などさまざまなリスクがあり、誰にもいつ降りかかるかを予測することはできません。

これらのリスクに対し、国が準備する保険を『社会保険』と言い、社会保障でカバーされない個人的なリスクに対しては『私保険』で備えるのが一般的です。

いずれも、保険料を集め、分配する基本的な仕組みは同じで、『助け合い』が基礎となっています。

 

【社会保険】

社会保険には、医療保険(健康保険や国民健康保険など)、年金保険(国民年金や厚生年金保険など)、雇用保険、労働者災害補償保険(労災)、介護保険などが含まれます。

所得などに応じて決定される保険料をすべての対象者が納め、国がその保険料と税金を財源に、国民全員に必要最低限の保障を与えます。

そのため、社会保険は、法律によって加入を強制されています

中でも年金保険については、現役世代が負担する保険料を財源に年金を給付する「賦課方式(ふかほうしき)」を採用しています。

賦課方式は、社会保険ならではの仕組みです。

 

【私保険】

私保険とは、生命保険や損害保険など、社会保障によって十分にカバーできないリスクに対応するものです。

最近では少子高齢化が進み、年金保険の受給額だけでは足りない老後の生活費のために、私保険を契約する利用の仕方などもありますね。

私保険を扱うのは、民間の生命保険会社・損害保険会社やJA共済など。

加入は任意で、給付金額も加入者が任意で決定します

徴収した保険料は、積立方式で運用され、保険事故が起きた際に特定の受取人に保険金が支払われます。

一般的に、ただ「保険」と言えば私保険を指します。

 

第一分野保険、第二分野保険、第三分野保険

保険(私保険)は、3つに大別することができます。

それが、『第一分野保険』、『第二分野保険』、『第三分野保険』です。

それぞれの特徴は以下の通りです。

 

【第一分野保険】

第一分野保険とは、人の生死に一定額の保険金を支払う保険を指します。
第一分野保険の例 : 終身保険、生存保険、個人年金保険、学資保険など

 

【第二分野保険】

第二分野保険は、一定の偶然の事故による損害をてん補する保険です。
第二分野保険の例 : 火災保険、地震保険、自動車保険、海外旅行傷害保険など

 

【第三分野保険】

第一分野保険と第二分野保険の中間に位置する保険が、第三分野保険です。
第三分野保険の例 : 傷害保険、疾病保険、介護保険、所得補償保険など

 

生命保険会社は上記のうち第一分野保険と第三分野保険を、損害保険会社は第二分野保険と第三分野保険を扱います

なお、同じ会社が第一分野保険と第二分野保険を同時に扱うことは保険業法により禁止されており、他の事業を営むことにも制限があります。

 

また、保険会社は長期にわたって保険金の支払いを担保しなければならないため、内閣総理大臣の免許がなければ保険業を運営できません。

商品の内容や保険料率も金融庁の認可が必要ですし、報告や検査の義務があるなど、金融庁によって経営を監督されています。

 

保険の歴史

保険は、いつどこで生まれたものなのでしょうか。

生命保険の存在がはっきり確認されたのは、約250年前だと言われています。

一方、損害保険は生命保険よりも前に誕生し、その発展の過程が明らかになっています。

概要を確認していきましょう。

 

14世紀後半、イタリアで海上保険が誕生する

船による貿易が盛んに行われていた14世紀後半、嵐や海賊など、航海による積荷の運搬は多くのリスクにさらされていました。

損害が生じた場合、荷主と船主両者で負担をするというのが一般的だったところから、保険の考え方が始まります

航海が失敗すれば金融業者が積荷の代金を支払い、航海が成功した際には金融業者に手数料を支払うというのが、当初の損害保険の仕組みでした。

その名を『冒険貸借』と言い、後の海上保険に発展します。

 

さらに、海上保険を発展させたのが、火災保険です。

1666年のイギリスの首都ロンドンで起きた大火災をきっかけに、火災保険の原型が生まれます。

そして、産業革命が火災保険の需要を後押しし、次々と火災保険会社が設立されました。

 

イギリスで生命保険の概念が誕生したとされる

一方で生命保険は、中世ヨーロッパの同業者組合『ギルド』の中での相互援助が始まりだとされています。

17世紀初期のイギリスでは、集めた掛け金をその年の死亡者に公平に分配する『アミカブル・ソサエティ』という組合が発展します。

 

今の形に近い近代的な生命保険が生まれたのは、1762年、やはりイギリスでした。

ロンドン市民の年齢別の死亡率を調査した生命表が作られ、それをもとに保険料を計算した生命保険が誕生します

1792年には世界初の生命保険株式会社が発足し、1843年には生命保険会社の営業経験に基づく死亡表『英国17会社表』を発表、1870年には生命保険会社法が制定されるなど、生命保険のシステムは長い時を経てその基礎が構築されてきました。

 

ヨーロッパ諸国に広がった生命保険は、さらにアメリカで大きな発見を遂げます。

 

日本で近代的な保険制度が発達したのは明治時代

我が国に近代的保険の礎を築いたのは、かの有名な福沢諭吉であることをご存知でしょうか

著書『西洋旅案内』で、近代的な保険事業の考え方(海上請負、火災請負、人の生涯請負)を我が国に紹介しました。

そして、1881年に初めて、近代的な生命保険会社「明治生命保険」を設立するに至ります。

なんと、日本銀行の開業よりも前から生命保険会社はあったのです。

 

  • 1881年 明治生命保険設立
  • 1882年 日本銀行開業
  • 1899年 日本アクチュアリー会設立
  • 1900年 保険業法が公布・施行
  • 1905年 生命保険協会(の前身)設立
  • 1916年 簡易生命保険事業開始
  • 1918年 スペイン風邪の大流行(死者22万人、支払保険金総額1,233万円)
  • 1923年 関東大震災発生(死者10万5,000人、支払保険金総額706万円)

 

このように、生命保険とその周辺の法整備が進むなかで、大規模な災害が発生し、生命保険市場を拡大する後押しになったのです。

1935年末には、保険会社の資産が全金融機関の資金量の10%を占め、「国民貯蓄は生命保険から」と政府がスローガンを掲げるなど、日本の経済界で大きな地位を築くに至ります。

 

戦後の生命保険

 

敗戦による資産の喪失、信用の失墜により、保険会社は再出発を余儀なくされます

それまでは簡易保険にしか認められていなかった保険料の『月払い』を民間保険会社にも認め(それまでは年払い・半年払いのみだった)、女性営業社員の採用を進めるなど、さまざまな変化があったのもこの時期です。

 

また、雇用機会の提供だけでなく、基幹産業や住宅の復興など、戦後の復興にも生命保険が大きく寄与します。

生命保険の無担保貸付や、日本住宅公団に対する生保融資が開始されました。

戦後20年間の復興期を代表する保険商品は、満期保険金と死亡保険金両方の保障を備えた、貯蓄タイプの『養老保険』でした。

 

バブル期〜現在の保険業界

バブル期には高い予定利率の商品が多く発売され、利回り競争が激化します。

右上がりの経済成長は高額の死亡保険商品の販売を推し進めましたが、バブルの崩壊とともに保険業界そのものに混迷をもたらします

各生命保険会社の破綻や合併は、その象徴的な出来事でした。

 

さらに、かんぽ生保の発足、銀行による保険募集開始、そして保険金不払い問題の顕在化など、さまざまな変化が起こりました。

そんな中、生命保険会社は現在、改革を強いられていると言えるでしょう。

商品も、医療保険を中心に多様化し続けており、同時に消費者の自己責任も高まっていると言えます。

 

保険の仕組み

意外と保険には歴史があり、最近になってぱっとできた仕組みではないことはご理解いただけたでしょうか。

では、その長い歴史を持つ保険は、どのような仕組みで成り立ち、現代にまで継承されてきたのでしょうか?

 

生命保険は、大勢の人が公平に費用を負担し、死亡や病気など、大きな経済的負担が必要な際に給付を受ける、『相互扶助』の考えの上に成り立っています。

そして、『収支相等の原則』によって保険金の支払いを担保でき、『対数の法則』によって安定的な運営が可能となります。

それぞれの言葉の意味を見ていきましょう。

 

相互扶助とは

保険を語る上で必ず出てくるキーワード、それが『相互扶助』です。

相互=お互いに、扶助=助ける、つまり、多くの人の助け合い、「一人は万人のために、万人は一人のために」と言った考え方を表します。

人間の社会は助け合いで成り立っていますから、生命保険は社会的な存在であり、大きな役割を果たすものだと言えるでしょう。

 

収支相等の原則とは

収支相等の原則とは、契約者が支払う保険料の総額と、保険会社が給付する保険金の総額が等しくなることを言います。

計算式で表すと、〈保険料×加入者数=保険金×死亡者数〉となります。

 

例えば、100人が10,000円の保険料を納めた場合、保険会社には1,000,000円のお金が集まります。

その年に1人死亡し、保険金として1,000,000円を支払うと、収入と支出が等しくなります。

保険は、このような原則の上に成り立っています。

 

大数の法則とは

大数の法則とは、母数が大きいほど偶然性に左右されない、という数学の原理です。

 

先ほど、100人の加入者が10,000円の保険料を納め、1人が保険金を受け取る例を挙げました。

しかし、突発的な事故などによってもしも2人の死亡者が発生すると、支払うべき保険金は2,000,000円となり、保険会社は赤字となってしまい、たちまち破綻します。

 

このような100人程度の小規模な集団の場合、1人の死亡者数の差が1%もの死亡率の差を生みますが、これが100万人ならどうでしょうか。

1人死亡者が増えても、死亡率は0.0001%程度の差です。

このように、母数が増えれば、死亡率が安定するのです。

 

生命保険会社は、大数の法則をもって安定的な事業運営を行うことができるのです。

 

預金と保険の違い

「いざというときの保障額を用意する方法は預金でもよいのでは?」と思う方もいるかもしれません。

しかし、預金は必要額に達するまでに時間が必要です。

保険の場合、加入に必要な手続きを済ませたその日(責任開始日)から、万一保険事故が起こった場合には保険金の全額が支払われます。

そのため、そのグラフ(横軸を時間、縦軸を金額)の形から『預金は三角、保険は四角』などと言われます。

特に事故や病気など、『いざ』がいつ来るか分からないリスクに対しては、預金よりも保険の方が向いていると言えるでしょう。

 

しかし、保険の場合、保険期間の途中で解約すると支払った保険料を解約返戻金が下回ったり、まったく0になってしまうことがあります。

使いたいときにすぐに引き出すことができ、目的を選ばずに使える預金と比べると、流動性がありません。

 

預金と保険、どちらにも一長一短ありますから、目的に合わせて使い分けることが大切です。

また、多額の保障を得るために高額な保険に加入したら、預金がほとんどなくなってしまった、というのも本末転倒です。

預金と保険のバランスを考え、リスクに備えましょう

 

なお、預金と保険の中間的存在である『養老保険』や『財形保険』といった商品もあります。

このような保険も貯蓄性が期待できますが、途中解約すると支払った保険料が戻ってきませんので、注意しなければなりません。

 

保険は市民のニーズから生まれ成立したもの

いかがでしょうか。

『相互扶助』、『収支相等の原則』、『大数の法則』などは、耳慣れない言葉ですが、知っておくといかに保険が合理的に設計されているかがわかります。

 

保険は、『市民のニーズ』があったからこそ生まれ、『市民のニーズ』によって現在の保険の仕組みが完成されました。

その背景がわかると、必要性をより実感できますね。

保険がわが国の社会の安定に果たしてきた役割は大きいことは確かです。

そして、現在の生命保険業界が大きな問題を抱えていることもまた、事実として知っておくべきでしょう

 

まずは生命保険についてよく理解した上で、納得して、契約することが何よりも大切です。

消費者として、保険への理解を深めていきましょう。

 

また保険の契約前に、お金のプロであるファイナンシャルプランナー(FP)と相談することをおすすめします。

ファイナンシャルプランナー(FP)に無料で相談できる窓口がいくつかありますので、気軽に利用することができます。

ぜひ保険に関する疑問質問は、プロに相談してスッキリしてから契約を検討しましょう!

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